株式会社J.9 代表 ラーメンライター

上村 敏行

1976年 鹿児島県出身

1997年 九州産業大学写真学科入学、在学中に作品撮影のため鹿児島県屋久島へ。島の暮らしに魅了され、そのまま約2年住み着く。2002年、福岡に戻り編集プロダクションに入社。ライター業を開始する。同年、九州ウォーカーでの連載「バリうまっ!九州ラーメン最強列伝」を機にラーメンライターとして活躍。その後、フリーライターとなり、2011年に株式会社J.9を設立。数々のラーメンページを担当し取材した店は1000軒を超える。福岡ラーメン界のキーマン店主たちとも親交が深く、2013、14、15年開催の『福岡ラーメンショー』の広報なども務める。取材・原稿執筆業のほか、2015年に一般社団法人 MESI-OKOSI companyを起ち上げ、食に特化したイベントなども開催する。


情報誌や旅行ガイドなど紙媒体は、多くの裏方によって支えられている。ライター業もその一つ。取材で得た情報を媒体に合わせた文章にして読者へ伝えていく。今回は、15年以上年間300杯以上のラーメンを食べ “ラーメンライター”とも呼ばれる鹿児島出身の上村敏行さんをフィーチャー。取材をとおして、ラーメンだけでなく九州の食文化についても幅広い見識を持ち、現在はライターだけではなく、食のイベントで地域活性化を考えるプロデューサーとしても活躍する。そんな上村さんのルーツや、ラーメンを含めた九州の食などについて話をしてもらった。

 

まずは、ふだんの仕事内容を教えてください

福岡を拠点にして、情報誌や機内誌、高速道路の冊子などの取材・原稿執筆を行なっています。九州全域を飛び回り、その地の流行のグルメはもちろん、深く根差す郷土食の文化、歴史を紐解く取材などもしていますね。

特にラーメンに関しては、これまでに数千杯は食べていると思います。取材した軒数は1000軒超で、ラーメンライターとしての実績を評価していただき、『NEXCO西日本麺王決定戦』の審査員長、ソフトバンクホークスの『鷹の祭典』の際のカチドキレッドラーメンの監修をするなど、各種イベントに携わらせてもらうようになりました。

そういったイベントに参加させてもらったというのもあるんですが、食を通じた地域活性化ができないかと事務所をシェアしている方と「(一社)MESI-OKOSI company」を設立し、行政や商業施設で行なう食イベントのプロデュースもしています。

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上村さんが担当した記事が掲載されている各媒体 (画像提供:J.9)

 

ラーメンに特化したきっかけは?

元々、ラーメンが好きで鹿児島に住んでいた頃から食べていました。といっても普通に週一ぐらいのペース。大学入学で福岡に出てきた時に人生初の博多ラーメンを食べたのですが、その旨さと安さに感動したことを今でも鮮明に覚えています。それから食事にラーメンを選ぶ頻度も徐々に増えていきましたね。

ライター業を始めた2002年頃だと思いますが、情報誌『九州ウォーカー(現福岡ウォーカー)』で『バリうまっ!九州ラーメン最強列伝』という連載を担当させてもらったんです。2ページ構成の写真付きで4店舗と、口コミ情報という枠で5店舗ほどを紹介するページを隔週で作ることに。当時は、まだ出版業界の景気も良かったので、担当編集者から「取材以外にもリサーチで何杯食べていいから(経費で)」と言われていたので、連載を始めて2,3年間は九州全域に渡ってラーメンを食べまくっていましたね。まだ、駆け出しでしたし食費も浮くので(笑)。取材がある日は、1日5杯は食べて、さらに晩メシにラーメンなんて日もありました。取材のない日も、それくらい食べていたような気がします。汗がトンコツの匂いになっていましたし、原稿を打っているとキーボードがベトベトしていました(笑)。そんなにドロドロになった状態でも、夜食にまたラーメンが食べたくなる、それがラーメンの不思議な魅力ですし、ラーメンライターが天職だなと感じた瞬間です。

その連載をまとめた『ラーメンウォーカー』という別冊が出た際に、福岡のテレビ番組に“ラーメンライター”で出演したんですよ。それまでは、誌面に名前がクレジットされるだけでしたので、テレビで顔を出したのをきっかけに特化していったように思います。
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九州各地を食べ歩いてみて気づいたことを教えてください

九州のラーメンは、今では多種多様な味が各地にあるんですけど、大きく言うとトンコツがベースにある、久留米を発祥としたトンコツ王国なんです。ただ、出身地の鹿児島はちょっと違っていて、久留米ラーメンの流れをうけていない九州唯一のエリアだと言われています。鹿児島ラーメンの最古は、昭和22年に開いた『のぼる屋』という店なんですが、そこのおばあちゃんが看護師として横浜にいた時に、中国の患者さんから中華そばを教えてもらい、故郷の鹿児島に戻ってから戦後に店を構えたそうで、そこから広まっているようです。老舗『のぼる屋』は一時閉店したものの、2016年9月に復活オープンしています。根っからの“かごんまラーメン”ファンとしては大変うれしいことですね。

いわゆる鹿児島ラーメンは、豚骨と鶏ガラでとるさっぱり味で半透明のスープ、やや太麺、野菜や揚げネギを入れるところが多いのも特徴ですね。あとは、漬物(ダイコンの千枚漬け)が付いてくることや、自分が知っている限り30、40年前から1杯800、900円は当たり前。その分具だくさんで麺量もボリュームがあるのですが、他のエリアと比べ値段が高めなのも特徴だと思います。また、2000年代のラーメンブーム時、ラーメン博物館ができたりラーメンイベントが実施されたりしていたんですけど、当時鹿児島のラーメンはあまり出店していませんでした。だから、そこに行かないと食べられない貴重なご当地ラーメンという感じが強かったですね。その後に登場した気鋭のラーメン店による新しい動きで全国的にも広がり、現地鹿児島にも他エリアの一杯が続々と参入しています。

さらに、いま、勢いがあるのは熊本ですね。つけ麺など魚介系が台頭するなかでも、鯛塩など“鮮魚系ラーメン”、煮干し系など新しい感覚のラーメン店が次々と出てきていて、九州の中で特に食べ手の選べる幅が広がっている印象です。

 

“鮮魚系ラーメン”など業界用語は他にもありますか?

例えば、『スープオフ』『ドロ系』『泡系』『トンコツカプチーノ』『淡麗系』『イニシエ系』などたくさんの言葉が生まれてくるので、ライター目線で見ると面白いんですよ。様々な媒体を担当していると、それぞれで書けたり書けなかったりする表現の仕方があるんですけど、このラーメンの言葉は垣根を越えて使えますからね。そして、それが発信されることでトレンドになっていく。ラーメンに関する新しい表現、言い回しを考えるのも仕事の一つです。

久留米ラーメンのスープの作り方で『呼び戻し』と言われる言葉があるのですが、お店によっては『継ぎ足し』『重ね』といった呼び方もします。また、麺あげの網や寸胴などラーメン店主さんが使う道具にはそれぞれのこだわりがある。
そういう表に出てきにくい情報は、厨房の中に入って取材させてもらっている強みなので、その点がブロガーさんと自分の違いだと思います。用語や技法と合わせて、各店主さんの熱い想いも伝えていきたいですね。
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鹿児島ラーメンの話が出ましたが、
地元の印象などはありますか?

やはり九州新幹線ができて福岡からも近くなりましたよね。子供の頃から、九州新幹線についての話を地元で耳にすることがあったので、開通した時は感動でした。鹿児島の食文化については住んでいた時は知りませんでしたが、ライター業をはじめ、特に機内誌の仕事では九州各地の郷土料理の歴史などについて書くことがあるので、鹿児島の『かるかん』『しろくま』『あくまき』『がね』など、子供の頃から身近にあったものの発祥や歴史などを深く知ることができて面白いです。

鹿児島を離れてから、久しぶりに帰郷しラーメンを食べるとウマイんですよね。やはり慣れ親しんだ味だからなんでしょうか。優しい味や香りに、家族でラーメンを食べた幼少の記憶が呼び覚まされます。

職業柄よく“どこのラーメンが美味しいですか? オススメを教えてください”と聞かれます。流行りの味を伝えるのは簡単ですが、その時はまず、“どこで育って”、“どこのラーメンを食べていましたか?”を聞き、その一杯を基準に、細かい好みやその時にいる場所、時間など詳細を聞いてから提案するようにしています。やはりラーメンは嗜好品ですし。

 

プロデュースする食のイベントでは、
どういうことをしているのですか?

行政や商業施設、競艇場、競馬場などでイベントを実施させてもらっていて、ラーメン店や、唐揚げなどご当地B級グルメを集めた内容が多いです。2013年から開催されている『福岡ラーメンショー』では広報も担当しています。住んでいる土地ではなかなか食べられない遠方のラーメンを食べ比べられるのがラーメンイベントの魅力です。

ただ、佐賀県の基山町でイベントした時なんですが、遠方の珍しいラーメン店にも出店してもらいつつ、地元のラーメン店にも出てもらったんです。イベント会場から目と鼻の先に店舗があるにも関わらず、その地元の店がスゴイ売れているんですよ(笑)。その時は、地元の方のラーメン愛を感じましたね。

9052_1000ラーメン店での取材の様子

 

今後、九州の食文化を通じてしてみたいことはありますか

一昨年前、NYからフードブロガーで『Rice, Noodle, Fish: Deep Travels Through Japan’s Food Culture』著者Matt Goulding(マット・ゴールディング)さんが福岡に来た際に、福岡のラーメン店や屋台を巡りたいとのことで知人から紹介され案内をしたんです。日本中をまわって食の取材をされていて、ラーメン店の厨房の中に連れて行くなどしたんですけど、「トンコツの頭の部分はどれくらい下処理しているんですか?」など、深い質問をするんですよ。食に対して熱のある人で、自分も共感し楽しませてもらえました。で、「本ができたから送るよ」ということで届いたら、エライ立派な本で驚きました(笑)!
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『Rice, Noodle, Fish: Deep Travels Through Japan’s Food Culture』
その後、この本が賞を獲るなど海外で評価されたようで、本を見たドイツの国営放送ZDFが自分のところに取材に来て、福岡のラーメン店や屋台などを一緒に取材と撮影をしてまわり、ドイツで12月に放送されます。その番組では、福岡の食についてというよりも、“ラーメンはすする食べ物なんです”とラーメン入門のススメ的なことを話しています。いち早く、海外に出店した一風堂が店舗に置くラーメンの食べ方的な冊子『Zuzutto(ズズット)』もすすることを広めようとしていますし、自分もすするという文化を広めたいと思い『slurp(スラープ:音を出してすする)』という文字を刺繍したTシャツを作っています。海外にはない“すする”という文化ですが、すすると麺とスープが良く絡み、スープの香りが鼻から抜けていく、あの感じを知ってもらいたいですね。
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上村さんがプロデュースするTシャツ (画像提供:J.9)

いま、とにかくラーメンは海外でとんでもなく流行っていまして、NYやシンガポールなどに行き肌で感じてきました。そして、海外で一番人気なのはトンコツラーメンなんです。でも、捉えられ方としては“広い意味でのラーメン”なんで、トンコツラーメン発祥の土地が福岡ということを知ってもらいたいですね。来年、トンコツラーメンは福岡県久留米市で生まれて80周年なんですよ。トンコツラーメンの元祖の味を、歴史を含めて海外の人に知ってもらいたいので、ガイドにもなるような冊子を作って発信していきたいと思っています。
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Photo_大林直行(101DESIGN)、Edit_Text_多田真文(REDACTION)