株式会社Zero-Ten 代表取締役社長

榎本 二郎

1979年 福岡県福岡市

1979年、福岡市生まれ。2000年、早稲田大学を休学。同年、東映に入社し映画の仕事に携わる。2001年、世界に出て様々な物事を見てみたいと思い東映を退社し、世界各国を巡る。2002年、たどり着いたニューヨークで、ニューヨーク工科大学(NYIT)に編入。それから約10年間、ニューヨークにて映像・アートなどの制作に関わる。帰国後の2011年、福岡にてホームページ制作、映像制作、イベント企画運営などを行なう株式会社Zero-Tenを創業。2016年12月、個人の働き方・組織のあり方を変革する、ワークスペース&コミュニティというコンセプトのもと、国内最大級のシェアオフィス&コワーキングスペース The Company を開業。
http://zeroten.jp/
http://thecompany.jp/


昨年12月、キャナルシティ博多の近くに、国内では最大級の約400坪という広さを誇るシェアオフィス&コワーキングスペース「The Company」が登場した。 “単なる空間のシェアではなく、コミュニティの構築”を掲げ、 利用者同士がオリジナルのSNSで繋がり、仕事をつくり、仲間を増やすといった、働き方に変革をもたらす仕組みを備えた新しいワークスペースとなっている。この「The Company」を運営する株式会社Zero-Tenの榎本 二郎社長に、会社設立以前のニューヨークでの活動や、「The Company」を開業する経緯、生まれ育った福岡の街について話を伺ってきました。

 

最初に、株式会社Zero-Tenを起ち上げたきっかけを教えてください

Zero-Tenを起ち上げる前は、ニューヨークで映像を撮ったり、アーティストとコラボレートして作品を作ったりということを“榎本二郎”という個人でしていました。その後、集団で活動しているアーティストがヨーロッパや日本国内にもいまして、集団で作るのもいいなぁという考え方に少しずつシフトしていったんです。そんな時に日本に帰ってきて昔の友人に出会ったのを機に、個人ではなくて集団で物作りとか、会社をとかをしたいと思い、たまたま株式会社というカタチを取ったんですけど、とにかく集団で何かを作りたかったというのがきっかけですね。

 

起業時のことや現在の事業内容を聞かせてください

最初に組んだ相手がアートのことに興味がなかったんですよ。高校時の有能な同級生を誘ったんですけど、アートのことが分かっていなかったので、自分と全く違う方向に進んでしまっていき、その間を埋めていくようにスタッフが増えていっていたという感じですね。集団で何かを作りたいというところからスタートしているので、あまりビジネスのイメージはなく、芸術性のある面白いことを提案すれば仕事になると思っていましたが、芸術的なことに対してお金を払うという文化がないのもあってか、なかなか仕事にはならなかったです。そういった中で、営業をかけて得た映像制作やホームページの制作などを、がむしゃらになってやっていました。そして、どの案件にも“自分たちのエキス”をどこか入れていこうと取り組んでいました。

現在は、総合プロデュース会社と呼んでいますけど、そのきっかけは中洲の川にLED内蔵のバルーンを使ってライトアップし、サクラを再現するという案件でした。それ以降、小学校の校舎へのプロジェクションマッピングや、軍艦島ミュージアム内でのデジタル技術を使った表現など、営業して獲っていくというより“なんか面白いことをしたいんだけど”といった、ありそうでないジャンルの依頼が増えていき、今は、それに対して真摯に応えていっているといった感じです。
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ニューヨークの生活で感じたことなどを聞かせてください

ニューヨークでは大学に編入し、勉強だけでなくアーティストのコミュニティに入るなどし、映画や作品作りをしていました。その中で、“クリエイティブとは”“ニューヨークのアーティストの生き様とは”といったものを見て体感してきたように思えますね。向こうのアーティストの生き様みたいなものは、日本で妄想しているものと全く違います。日本では、テレビに出ないと有名になれなかったり、半分デザイナー的なことをしていたりと独自のルールのようなものがあるのに対して、向こうではアーティストという位置づけが確立され、コミュニティがあって、きっちりと経済界などにも認知されていますからね。とにかく、さまざまなアーティストと一緒にいる時間は楽しかったです。いつか、この時の経験が生きてくればいいなとは思っています。そして、ニューヨークで流行ったものを、そのまま日本に持ってくれば、“カッコイイ”みたいなものは違うなというのも体感したというか、そういうものでは世界を一世風靡できないということを、ニューヨークでの生活で学んだように思えます。
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「The Company」立ち上げの経緯を教えてください

先ほども話したように、中洲のバルーンから始まり、軍艦島ミュージアム、プロジェクション・マッピング、DRUM TAOさんの全国ツアーの映像演出・制作など、案件がどんどん大きくなってきて、1プロジェクトのために多くの人数を雇うのか、外部ブレーンとチームを組んでプロジェクトごとにやっていくか、という選択になってきたんです。外部に依頼してプロジェクトごとのチームにした時にクオリティが落ちることがあったのですが、それはコミュニケーションの取り方や、密な関係性を築くことによってクオリティを維持できるチームができると気づいたんですよね。そして、そのチームだけでも足りないような大きな案件が来て、さらに外部ブレーンが加わった時に、同じ会社で部署が違うだけのような親密感が生まれてきて、一つの会社みたいだなと思ったんです。そのあたりから、流行っていたシェアオフィスと組み合わせ、“個”がそれぞれの仕事をしつつ、“場”で大きな仕事を請けて一緒に動くみたいな、法人は違うけど大きな会社のようになれるのではないかという思いからですね。だから「The Company」という名前にしました。よく“スイミー”って話をするんですけど、小魚集まって、大魚と向き合えるような状況が生まれるのではないかと思っています。

 

「The Company」の特徴を聞かせてください

シェアオフィスとコワーキングスペースではありますが、特徴としては仕事やプロジェクトをシェアできる仕組みを独自のSNSアプリであったり、施設内のモニターで案内できるようになったりしているところです。The Companyで受託した案件をメンバーと一緒に仕事する、メンバー同士がつながり仕事を生んでいってもいいと思います。

オフィスのいいところは自分が求めていない情報が入ってくるんですよ。オフィスってほとんど意味がなく、各自一番集中できる場所は家とかにあったりするから、“オフィスってなんなの?”って思うんです。ネットだと自分が求めている情報を探す、自分が求めている世界で一人なんですけど、こういうオープンスペースなオフィスだと、自分が求めていない事件が起きたり、会話が飛んできたりして、自分の意志とは反する情報を得られるということは、新しいことをしていく上で重要なことではないかと。それが、多ければ多いほどオフィスって意味があるものになると思っていまして、そのためには新しい刺激を与えてくれる人が重要なんですよね。だから人数は増えていった方がいいと思います。先日、イベントスペースで「バルト三国のIT事情」みたいなイベントがあっていまして、たまたま通りかかったので聞いていたんですが、一人だったら絶対調べようとしないことですから、そういうところに魅力があると思うんです。
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オープン後に気づいたことがあれば教えてください

イベントの需要があり、喜ばれるというのがありまして、最初の1ヶ月目は週末だけ開催できるようにしていたんですけど、現在は夕方以降であればいつでもできるようにしていまして、3日1回とか2日1回のペースでイベントが開催されているところは、当初と変わった点ですね。

告知をFacebookでしかしていなかったのですが、いま81社集まっているので、単純に福岡ってオフィスが足りていないなぁと感じました。あと、実際にこの場所を見に来た人しか契約していかないので、このようなオープンなスペースもなかったのかなと。あとは81社が入っていていますが、思ったよりもコミュニティの促進が進んでいないようなので、ここは課題だと思っています。

 

福岡市についての想いや好きなところなどを聞かせてください

福岡に対しては主観が入りすぎて、ぜんぜん見えてないんですよね。ただ、まわりの人が持っている福岡のイメージと、実際に住んでいる人のイメージにズレがあるようには感じます。それから、福岡は地理がいいですよね。最初、福岡空港から直行便が出ている都市全部に「The company」を作ろうと思ったことがあり、行き来の便利さ、距離感とか福岡はいいところにあるなぁと。東京が全てみたいなイメージが日本全体にある感じがしますけど、福岡の人には、香港、上海、ベトナム、シンガポール、ソウルなどの都市と同様に、東京も一つの選択肢として考えてもらった方がおもしろいことになると思うんです。

福岡のことは好きとかを通りすぎていまして、この街がメインすぎて、この街を基点に全体を見ていますからね。本気で、この街でハリウッドやシリコンバレーを作るには、どうしたらできるか、どんな仕組みを構築するといいのかなどと想いを馳せています。だから“何か新しいことをしたいとか”“ムチャクチャなことしたいとか”“変えたいとか”思っている人は、ここに(福岡)来てもらいたいですね。そして、ここを基点にしてアジアに行けば変革を起こせると思っています。今は、自社の方向が変な方に向かっているかもしれないですけど、本当は街づくりをしたい会社なんだと思います。福岡をオリジナルシティにしたいですね。
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Edit_Text_多田真文(REDACTION)